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 好きな人には、社会人の恋人がいた。

 有名な会社の広報をしているその人は、遠くから見てもとっても綺麗で、さわやかに笑う先輩によくお似合いの――それはそれは優しそうな人だった。

 

(……最悪)

 

 人生最初にして最大の失恋を味わった私は、大学の構内にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと遠くを眺めていた。

 二十一歳。大学三年生。

 就職活動もあんまりうまくいっていないし、つい最近失恋したばかり。色々なやる気をなくしてしまい、ここ一日二日は食事をとるのも億劫だった。

 

(先輩の彼女さん、綺麗な人だったなぁ……)

 

 ゼミの先輩にひそかな憧れを抱き続けて一年、きれいさっぱりその恋が散ったところで、抱えていたものがいろいろ限界に達してしまった。

 告白もしていなかったし、想いを伝えようとも思わない――その癖一人感傷に浸って、バカみたいだとは思う。

 

「自分の気持ちを、伝える努力すらしてなかったくせに」

 

 そう呟いたら、余計自分がみじめに思えた。

 本当に先輩のことが好きだったら、きっとなりふり構わず自分の気持ちを伝えていただろう。相手がいようとなんだろうと、玉砕覚悟で突っ込んでいったに違いない。

 

(でも、私はそれをしなかった。……憧れてはいたけど、本当に好きだったのかな……)

 

 人当りがよくて、面倒見のいいゼミの先輩。

 男にも女にもよく好かれるその人に抱いていたのは、果たして恋愛感情だったのだろうか。

 

「――なにしてんの」

「ひ、ぃぇっ……!」

「……人のカオ見て驚くの、やめてくれない? 化け物になった気分なんだけど」

 

 突如男の人の声が聞こえて、比喩でなしに若干飛び上がった。

 俯いていた視線を上げると、そこにはムッと眉を寄せた、背の高い男性が経っている。

 

「ニ、ニザームくん」

「お腹痛くて死にそうみたいな顔してるけど、なんか拾って食べた?」

「いや、お腹は痛くないかな……拾い食いもしてないし」

「そう」

 

 褐色の肌に、まばゆいシルバーの髪の毛――サラサラと髪に揺れるその髪をゆるくまとめたニザームくんは、中東からの留学生だ。

 最初は日本語もおぼつかなくて、私も拙い英語で彼とやり取りをしていた。だが、非常に頭のいい彼はものの半年で日本語をマスターし、日常会話にいたっては私よりも言葉を知っていることがある。

 

「じゃあ、なんでそんなシケたツラしてんの」

「シ、シケたツラって……それどこで覚えたの」

「リドー――バイト先の店長に借りた小説」

 

 隣に座ったニザームくんは長い足を優雅に組んで、クッと顎を上げた。

 一見ものすごく偉そうな態度だが、モデル並みの容姿をしている彼に掛かれば雑誌の表紙みたいな雰囲気になるから不思議だ。

 

「で、なんで」

「……あの、ゼミの先輩いるじゃない? 私がずっと好きだった……」

 

 これは答えるまで許してもらえない。

 そう悟った私は、潔くニザームくんに事の顛末をすべて話した。

 元々彼とは学部も違うしサークルにも入っていないのだが、ほんのちょっとしたことで仲良くなった。変に気を使ってこないタイプの人――というか、思ったことは大体全部口に出してしまう人で、それがなんとなく心地よく感じる。

 

「ふぅん。告白もしてない癖に勝手に失恋したんだ」

「うっ……」

 

 そして案の定、彼は歯に衣着せぬ物言いで私のことを一刀両断した。

 

「自分から告白してみたら、案外イケるかもしれないのに」

「そ、それは無理だよ! だって、相手には彼女がいて――」

 

 彼女がいて、その人は私より綺麗な人で。

 そう言ったあたりで、胸がずぅんと重たくなった。口に出してしまうと、自分で自分に言い訳をしているようにも思える。

 

「……勇気が、なかったの。好きって伝えたら、これからどんな顔して先輩と会えばいいのかわからないし……」

「相手もうすぐ就職するんだし、どうせなら玉砕してきたら? 慰めるくらいのことはしてあげるけど」

 

 オレの好きなアイス買ってあげる、と手をひらひらさせながら言ってのけるニザームくんのマイペースさが、今はとてもありがたい。

 

「ううん、いいの。だって、わざわざニザームくんに奢ってもらうの悪いし」

「フラれたせいにしておとなしく奢られてればいいのに。変な奴」

 

 わざとおどけた口調で声を張り上げる私に、ニザームくんはちょっとだけ唇に笑みを浮かべた。

 聡い人だから、多分私が考えていることにも気づいてくれたんだろう。

 

「そうだ――落ち込んでんだったら、ここ遊びに来れば? オレのバイト先」

「バイト? ニザームくん働いてるの?」

「……クソ実家からの仕送りで暮らしてると思った? つーかバイト先の店長から小説借りたって言ったばっかりなんだけど」

 

 ニザームくんはぎゅっと眉を寄せて、心底不愉快そうな表情で吐き捨てる。

 ……そうだった。ご実家の話は彼にとってそれは大きな、ほとんど唯一ともいえる地雷だ。

 

「ごめん……その、なんか働いてるイメージがなくて……えっと、BAR TRIDENT……?」

 

 BARと書いているくらいだし、お酒とかが提供される場所なんだろう。となれば、ニザームくんはバーテンの仕事でもしているんだろうか。

 ニザームくんが飲食店勤務というのはちょっと想像がつかなかったが、ドラマとかでよく見るバーテンの格好は確かに似合っている。

 

「わ、私あんまりお酒強くないんだけど……」

「別に、酒飲むだけの場所じゃないし。基本的に週末と水曜はいるから」

 

 遊びにおいで、と言ってから、彼はすっとベンチから立ち上がった。

 

「お前が来たら、体空けるようにしとくよ。もしオレがいなかったら、カウンターの向こうにいる……やけに顔がいいバーテンダーに声かけて」

「か、顔がいいバーテンダー……」

「言っとくけど、そいつ口説いても無駄だよ」

「く、口説いたりなんかしないってば!」

 

 クツクツと喉を鳴らしていってしまったニザームくんの背中を見送りながら、受け取った名刺に視線を落とす。

 黒いマットな紙に、銀文字でニザームくんの名前と――店の住所や電話番号が書いてある。

 

「……スタッフってことは、本当に働いてるんだ」

 

 ニザームくんとご実家の関係がよくないことは、彼自身の口から聞いていた。

 ただ、その理由までは知らない。彼が話したくないと言っていたから無理やり追及するようなことはしたくなかったし、自立のために留学という手段を選んだという話も聞き及んでいたからだ。

 

(なんか、プログラマーとか目指してるんだっけ)

 

 ご実家がかなり資産家であるという話は聞いていたけれど、彼はそれに依存しない生き方がしたいらしい。

 日本にきて情報系の学部に進んだのも、自分の腕一本で食べていけるスキルを身につけたかったからだと言っていた。

 

(私とは、生きてるレベルが違うなぁ)

 

 私の実家は結構な田舎にあって、高校を卒業したら大体の人は地元で就職をしてしまう。

 それでも大学を受験して東京に出てきたのは、正直に言えばその場のノリだ。

 たまたま周囲より少し勉強ができて、たまたま先生が大学に推薦してくれると言ったから――なりたい職業も、追いかけている夢も、私にはなにもない。

 

(ニザームくん、最初は日本がしゃべれなくてヤバそうだったけど……今じゃ私以上に喋れてるし……)

 

 顔立ちが非常に整っている彼は、大学でも結構な有名人だ。

 学校祭のミスコンで優勝した現役モデルの女の子を振ったとか、男の人からも告白されているとか、そういう噂には事欠かない。

 本人も大して否定しないものだからどんどん噂は大きくなっていって、この前はめちゃくちゃお金持ちの奥様の愛人だとか言われていた。

 

(まぁ、あの時はさすがにキレてたけど……)

 

 でも、私は素直に彼がうらやましい。

 ニザームくんは、私ができないことを難なくやってのける。そのポテンシャルの高さは、素直に尊敬できた。

 

(せっかくもらったし、今度行ってみようかな)

 

 週末と水曜、と口の中で呟いてから、スマホのカレンダーで予定を確認してみる。ちょうど今週の土曜が空いていたので、そこで彼のバイト先だというお店を訪ねてみることにした。

 

           ● ● ●

 

「こ、ここがニザームくんのバイト先……!」

 

 中通りにある、一見した感じはシックなBAR。看板は出ておらず、壁にだけ控えめな店名が書かれていた。

 

(ここ、だよね? 住所合ってるし、お店の名前も……)

 

 土曜日、言われた通りにニザーム君のバイト先である店にやってきた私は、扉の前で立ち尽くしていた。

 なんだか、この先に足を踏み入れるのが怖い。普通だったらそんなこと思わないのに、なぜだか一歩が踏み出せなかった。

 

(でも……ニザームくん、待ってたりしたら……)

 

 一応あの後、彼にはメッセージで土曜に行くという話だけはしておいた。帰ってきたのは『OK』というスタンプ一個だけだったが、とりあえず私が今日店に来ることは知っているはずだ。

 

「……えぇい、ままよ!」

 

 ギュッと目を閉じて、重たい扉に手をかける。

 それを力いっぱい引っ張った瞬間――軽快な音楽とともに、女の人の笑い声が聞こえてきた。

 

「……うわ」

 

 アップテンポな洋楽、着飾った女性陣は誰もが綺麗で、七色に明滅を繰り返すライトがチカチカと目に痛い。

 

(えっ、ニザームくんここで働いてるの? マジで!?)

 

 店の中の熱気とでもいうのだろうか、熱量、エネルギーみたいなものが、明らかに他の店とは違う。

 薄暗い入口から中に入るとカウンターが見えたので、私はそこで彼の言っていたことを思い出した。

 

(カウンターにいる、顔のいいバーテンダーさん……って、あの人かな……?)

 

 確かに、カウンターには一人の男の人が立っていた。

 にこやかに笑って接客をしている彼は、どうやら私がそちらを見ていることに気が付いたらしい。ちらりと視線を向けると、ちょいちょいと手招きをしてくる。

 

「いらっしゃい。ウチ初めてだよね?」

「え――ぁ、はい。その、友達がここで働いてて……一回遊びに来ないか、って」

 

 バーテンダーさんは、確かにやけに顔がよかった。

 モデルか俳優って言われても納得するくらいに整った顔立ちと、優しそうな喋り方――店に入る前の緊張感が、少しずつ解けていく。

 

「友達? ……零晃かな。それとも健人? あるいは――ニザーム?」

「あっ、その人です! ニザーム――」

 

 知っている名前に思わずホッとして、声を上げた。

 すると、カウンターの向こうのバーテンダーさんは何かを考えるように視線を動かす。

 

「ニザームなら、ステージのところにいると思うけど……もしかして君、あいつの同級生とか?」

「えっ……なんでわかったんですか?」

「だって、大体同じ年頃だろう? あとはまぁ……あいつから色々、大学の話とか聞いてるから」

 

 ニコ、と笑ったバーテンダーさんが、お店の奥の方を指す。

 円形になっている客席のど真ん中には、大きくてド派手なステージがあった。

 

「あのステージの横の方、暗くなってるのわかる?」

「は、はい」

「あの辺りにいると思うけど」

 

 バーテンダーさんが指さしたのは、ステージの左奥――ちょうどカウンターからは視覚になっていて、誰がいるのかは見えなかった。

 

「そうだ、今からショーやるんだけど……見てかない? ウチのメンバーでも一番体つきがいい奴だから、見ごたえあると思うけど」

「……ショー?」

「そ。演目は、まぁストリップでもセックスショーでもなんでもいいんだけど――零晃だから多分筋肉見せつけるだけじゃないかな」

 

 ……なんか今、ちょっと不穏な言葉が聞こえたような気がするけど、気のせいだろうか。

 いや、ぜったい気のせいだ。セックスとか聞こえてない。だってそんなことしたら、確実にこのお店摘発されるだろうし。

 

「や、大丈夫です……」

「そう? 飲み物は?」

 

 ウェルカムドリンクってことで、と微笑まれたけれど、それにも首を横に振った。

 ――にぎやかな店内の中は、目を背けたくなるような光景が広がっている。

 あちこちでもつれあい、絡み合うカップルの姿……ここ本当にBARだよね、と不安な気持ちになりながら、私はバーテンダーさんに言われた通りステージの左奥を目指した。

 

「……あ」

 

 果たして、ニザームくんはそこにいた。

 周囲を数人の美女に囲まれ、王様みたいに椅子に座って長い足を組んでいる。

 ――しかも上半身はほとんど裸に近い。

 

「ニザーム、今日誰としてくれるの? 別にアタシたち全員と寝てくれてもいいんだけど」

「えー……? やだ、全員は普通に面倒……チーフじゃないんだし、オレにそんな体力あるわけ……あっ」

 

 ゴージャスな金色の瞳がこちらを向いたのは、私がどうやってここから退散しようかと算段をつけているときだった。

 

「うそ、本当に来てくれたの?」

「えっ、あ、えーと……」

 

 腕や体に絡みついていたお姉様方を振りほどいて、ニザームくんはパッと椅子を立った。

 残念そうな声が背後から上がっても、彼はまったく気にした様子を見せない。

 

「なんか飲んだ? リドーが作ってるカクテルとか」

「いやなにも……って、いいの? お客さん……」

「あぁ――うん。オレ、今日はこの子にしたから……また相手してよ、オネーサン」

 

 ぱち、とニザームくんが片眼を閉じると、それまで彼のそばにいたお姉さま方がワッと声を上げた。

 ……なんだか、とんでもないものを見てしまった。

 

「――で、お前はこっち。来るって言ってたから、マスターに言って鍵預かってたんだ」

 

 金色の目を開いてじっとこちらを見つめてきたニザームくんは、私の手をギュッと掴んで店の奥へと向かっていく。

 ギラギラとした照明と、背後から聞こえてくる歓声――それにただならぬものを覚えた私は、思わず彼の手を握りしめた。

 

「あ、あのっ……ここでバイトしてるの? なんか……普通のお店じゃ、ないよね?」

 

 普通じゃないなんて、働いている彼にそんなことを言うのは大変に失礼なことかもしれない。

 だけど、この店は私が知っている飲み屋とは何かが違う。

 

「別に、悪いことしてる店とかではないと思うけど。マスターはその辺ちゃんとしてるし」

「そ、そういう意味じゃなくてっ……さっきのお姉さんたち、とか……下着みたいな恰好、してなかった?」

 

 そう尋ねると、彼は少しだけ困ったような表情を見せて、視線を右上にずらした。この三年間で分かったことだが、これは彼が思ったことを、どんな日本語で伝えればいいのかと迷っているときの癖みたいなものだ。

 

「……ここがハプニングバーって話、オレしたっけ?」

「聞いてない」

「あー……」

 

 忘れてた、と小さく呟いたニザームくんが、ぽりぽりと頭を掻いた。

 

「まぁいいや。ここで話すのもなんだし、こっち来なよ」

 

 一切悪びれる様子もなく、ニザーム君は私を店の奥にある扉の前に連れてきた。なんというか、このマイペースさはアルバイト先でもまるで変わらないらしい。

 

「この部屋。とりあえず中入って」

「は、はい……」

 

 ここにきてやっぱり帰りますとも言えず、私は言われるがままに扉の前に立つ。すると、ニザームくんが鍵を取り出して扉を開いてくれた。

 

「……なにこれ、ベッド?」

「うん。横の扉開けたらシャワーあるの」

 

 その部屋は、部屋全体が一つのベッドみたいになっていた。

 大きなモニターと小ぶりな冷蔵庫があるその空間は、どう見てもちょっと休憩するような雰囲気ではない。

 

「あの、ニザームくん。ここハプニングバーって言ってた、よね……?」

「そう。店の中で適当に相手見つけたり、別料金だけどオレとか他のスタッフ指名したり……で、適当に盛り上がったらここにきてセックスする」

 

 淡々と、至極事務的にそう告げたニザームくんに、私はとうとう絶句した。

 セックスとか彼の口から出てくるとは思わなかったし、そもそもエンジニアを目指している彼がそんな非合法スレスレみたいなアルバイトをしているとは思っていなかった。

 

「……も、もしかして、なんか大変なことに巻き込まれてる? おっきな借金背負わされてたり、さ、さっきのバーテンさんに弱み握られてるとか?」

「……うん? ちょっと言ってることわかんない。オレ別にリドーに借金してないし……好きでここ通って働いてるんだけど」

 

 ちょっとわかんない、と首を傾げたニザームくんは、どっかりとベッドの上に腰を下ろして私を見上げてきた。

 あまりにもまっすぐで真剣なまなざしに、ますます困惑してしまう。

 

「ビジネスとしてのセックスなら、そんなに難しいこと考えなくていいし……誰だって、気持ちいいことは嫌いじゃないでしょ」

「……そ、れは――そうかもしれないけど……でも、じゃあなんで私のこと、このお店に呼んだの」

「失恋したんでしょ? そういうの忘れたいなら、コレが一番かと思って」

 

 そう言い切って、ニザームくんは羽織っていたジャケットを軽く脱ぎ捨てた。

 褐色の肌には、いくつものキスマークが浮かんでいる。

 

「お前はオレの友達だから、できることはしてあげたいと思う。で、オレにできることっていうのがコレ」

「そんなの、だって……お、おかしいよ。友達っていうならなおさら――」

 

 さっきから、心臓がうるさいくらいにドキドキしている。

 おかしいのは彼だけじゃない。私もそうだ。本当だったら、友達である彼を目の前にしてこんな風になるなんて、おかしいはずなのに。

 

「じゃあ、友達じゃなくなればいい。オレとお前の関係に名前があるのが邪魔だっていうなら――ただのキャストと客になって」

 

 長い――長いニザームくんの指先が、私の指に絡んでくる。

 綺麗に整えられて、ネイルを施された爪の先が、怪しげな光り方をするライトに照らされていた。

 

「絶対後悔させないから」

「後悔、って……だ、だって私、こんなこと――その、おと、男の人と……したことないし……」

 

 田舎から都会の大学に進学してきて、今まで恋人だってできたこともない。

 そんなだから当然男性経験なんてあるわけもなく、いきなりそんなことを言われたってどうしていいのかわからなくなる。

 

「……うそ」

「ニザームくんにこんなところで嘘ついてどうするのぉ……」

 

 情けなく半泣きになっている私を見上げながら、ニザーム君は少し困惑したように眉尻を下げ、絡めた指先を引いてきた。

 

「座って。ここ、俺の隣に」

 

 ぐっと腕を引かれ、そのままベッドの上に腰を下ろす。

 ニザームくんのつけている香水がいつものものと同じだったので、そこだけは少しホッとした。

 

「……したことないの、こういうこと」

「ない……今まで恋人とか、できたことなかったから」

「そんなのオレだってできたことないし」

 

 ……それこそ嘘だろう。

 ニザームくんはこれで結構優しいから、そう言って慰めてくれているのかもしれない。だけど、あれだけ綺麗な女の人に囲まれて、恋人ができたことがないっていうのはちょっと不誠実だ。

 

「恋人なんか――作らせてもらえなかった」

「ぇ、ちょっ……」

 

 思っていたよりもずっと強い力で肩を引き寄せられたのは、その時だった。

 きつく肩を抱かれ、耳元に彼の唇が寄せられる。……普段より低く艶めいた声に、じわりと汗が噴き出した。

 

「恋人ごっこ、しない? ……せっかく来てくれたんだから」

 

 ゆるく結ばれた銀髪が、はらりとほどけていく。

 もう一度指先通しを絡められたかと思うと、形のいい唇がちゅっと私のそれをついばんできた。

 

「やめ、っ……ん、っ……」

 

 しっとりとした唇が、何度も何度も押し当てられる。

 体を押さえる力はそれほど強いものじゃないのに、どうしても彼を押しのけることができなかった。

 

「ゃ――んんっ……♡」

 

 ちゅ、と音を立てて下唇を吸われ、体が大きく震えあがる。

 ……恋人ができたことがないんだから、当たり前のようにキスだって初めてだ。

 

(わ、たし――キスしちゃった。ニザームくん、と……)

 

 都会に出てきてできた、大好きな友達。

 ぶっきらぼうだしマイペースだし、若干わがままだけど頼りになる、大切な親友。

 その親友とキスをしているという事実に、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 

「ッ、んゃ……っ」

 

 触れるだけの、たったそれだけのくちづけを何度も繰り返される。

 まるで様子を窺うように重ねられるくちづけは、次第に私の体から力を奪っていった。

 

「……オレとキスするの、やだ?」

「やだ、っていうか……」

 

 嫌なわけではない。ただ、どうしたらいいのか――どうしてこんなことになってしまったのかが、理解できないだけだ。

 

「ニザームくんは……いやじゃ、ないの……?」

「俺は、……もっと触りたい。唇だけじゃなくて、体ごと全部」

 

 震えた声で尋ねた言葉には、はっきりとした口調で答えが返ってきた。

 普段の彼らしい、端的ではきはきした物言いのはずなのに、出てくる言葉がいつものニザームくんとはまるで違う。

 

(これ、が――お仕事してる時の、ニザームくんなんだ。他の女の人と、こんな風に……)

 

 プロ意識というやつなんだろうか。

 固まってガチガチになった私の頬や瞼にキスを落とすニザームくんが、柔らかく頭を撫でてきた。

 不思議なもので、そうして体に触れられているとどんどん力が抜けてくる。

 

「っ、ぁ……♡」

「今からもう一回キスするから顔上げて……んで、オレの手握ってて。思いっきり爪立てても、痛くてもいいから」

「ぇ――ッん゛ぅ♡」

 

 不穏な言葉に口を開いてしまったのがいけなかった。

 好機と言わんばかりにニザームくんの唇を押し付けられて、うっすらと開いたところから舌先が潜り込んでくる。

 

「んちゅ、ぅっ……♡♡ん゛、ふぅッ……♡」

 

 ぬ゛る……♡♡とと蛇のように咥内へと侵入してきた舌先が、縮こまった私の舌にツンッと触れてくる。

 それだけで情けなく体を震わせた私は、思わず彼の手をギュッと握りしめた。

 

「んぅ、っ……♡♡ふぁ、ッ♡♡ぁ、んちゅ……♡♡」

 

 ちゅっ♡♡ちゅぱっ……♡♡むちゅ♡ちゅぅうっ……♡♡ぷちゅっ♡♡

 小さな音を立てて唇が押し付けられ、舌先でくすぐるように口蓋をなぞられる。

 息が苦しくなってきた頃合いで一度唇が離れたが、私が息を吸った瞬間にもう一度それを押し付けられてしまった。

 

「んぁ……♡♡は、ぅっ……♡♡ン、っ♡」

 

 ――キスだけ。

 唇と唇が触れているだけで、どんどん頭がクラクラしてきてしまう。

 縋るようにニザームくんの手を握ると、彼は空いていたもう片方の手で私の体をギュッと抱き寄せてきた。

 ちょっとだけスパイシーな香水の香りと、どことなく混ざった甘い匂い――いつもふんわりと香るだけのその匂いが、どんどん強く色濃くなっていく。

 

「ぅ、あ……♡♡待って、ぇ……♡」

「もう待った。……三年、ずっと待ってた」

 

 ちゅ、と唇が離れても、抱き寄せられた体は離してらえなかった。

 それどころかより強く肩を抱かれ、お互いの唾液で濡れた唇が耳の軟骨に触れる。

 

「んぁ、っ……♡♡」

「ん……くすぐったい?」

 

 つぅっ……♡と舌で耳の輪郭をなぞられて、肩が大げさに跳ねた。

 お腹の奥がそわそわしてきて、いけないことをしているみたいな気持ちになってくる。

 

「これ、っ……♡や、ぁっ♡ぁ、変な感じ、するぅ……♡♡」

「変って、なにが。言ってくれなくちゃわからない」

 

 教えて、と囁いてくるその声を、拒むことができない。

 熱っぽくて掠れた声に背中を押されるようにして、私はおずおずと口を開いた。

 

「ここ、っ……お腹、むずむずする、っ……♡耳に、息かかってるだけ、なのにっ♡♡ニザ、くんっ……♡♡」

 

 今まで感じたことがない、強烈な焦燥感と未知のむず痒さに体が震える。

 このまま、彼に触れられたらどうにかなってしまうんじゃないか――そんな恐怖が頭をもたげてくる。

 

「……むずむずするのって、この辺?」

「ひぅっ♡♡」

 

 ニザームくんが、確かめるように私の下腹部に指を這わせてきた。

 ゆっくりと服の上からお腹を撫でまわされて、体がびくっ♡びくんっ♡♡♡と反応してしまう。

 

「ぁ♡あ、そこぉ、っ……♡♡やだ、っ♡ん、っ……♡♡たすけ、て……♡♡♡」

「――誰に、助けてほしいの」

「っ、ニザーム、くん……♡♡おなか、ふわふわしてっ♡むずむずするの、……♡♡こ、わいよぉ……♡」

 

 もう、縋れる相手は彼しかいなかった。

 彼の手を握って助けてくれと懇願すると、ニザームくんは長い睫毛に彩られた両目をすっと細めてみせた。

 

「ん……いいよ。オレがお前のこと、助けてあげる……なにも怖くなんてないから、全部任せて」

 

 優しい声が、鼓膜を叩いてくる。

 抗えない熱と刺激に体が震えた。抱きしめてくれるニザームくんにすべてをゆだねてしまおうと、ゆっくりと首を上下に動かす。

 

「オレの名前、呼んでて。そばにいるってわかったら怖くないでしょ」

「ん……ぁ♡あ、ふっ……♡♡ニザーム、くん……?」

 

 ちゅるっ……♡と濡れた音を立てて、ニザームくんの舌が耳孔に挿入ってくる。

 ムズムズするような心地を覚えたものの、言われたように彼の名前を呼ぶと少しだけ恐怖が遠ざかっていく気がした。

 

「んぅぁ、ぁ゛っ……♡♡ふ、耳だめっ……♡♡♡んぁ♡ぁ♡あ、っ……♡♡」

 

 ちゅるるっ♡ちゅぱっ♡♡♡ぢゅ♡ぷちゅ♡ぷちゅぅっ……♡♡♡ぢゅるるっ♡♡

 たっぷりと舌先に絡められた唾液が、鼓膜のすぐ横で淫らな音を立ている。

 狭い場所をぬるぬると舐められるたびに体が熱くなって、下腹部のむずむずが放射状に広がっていくような気がした。

 

「は――腰ガクガクしてきてる……気持ちいい?」

「わかん、ない……♡♡さっき、から――ずっとわけわかんなく、て……♡♡」

 

 お腹が熱い。むずむずしてふわふわする。

 上手く言語化できない感覚に翻弄されながら、それでもニザームくんに触れられるのは決して嫌ではなかった。

 

「そう……じゃあ、俺に触られて気持ち悪い? お腹がむずむずするのは、気持ち悪いから?」

「ちがう、の……♡♡気持ち悪くない、のにっ……♡」

「じゃあそれが、気持ちいいってこと。ここで覚えて――」

 

 優しく――普段の彼とは全く違う声音で囁かれて、思わず頷いてしまう。

 これが『気持ちいい』なのだと言語として理解するよりも早く、体の方が彼の言葉に従順だった。

 

「体から力抜いて……オレが全部してあげる。お前は、オレの名前だけ呼んでて」

 

 なにもしなくていいというその言葉通り、ニザームくんは私が着ていたTシャツの裾をするりとめくり上げ、その中にそっと手を差し込んでくる。

 ほんのりと温かい手のひらが汗ばんだ肌に触れ、直にお腹のあたりに触れられると、またゾクッ……♡と甘い痺れが混みあがってきた。

 

「ひ、ぅっ……♡」

「ここ、子宮の真上――体の上から触られて感じるとか、マジで男に抱かれた経験ないの?」

「そんな、ぁ、あるわけっ……」

 

 すりっ♡すりっ♡♡と素肌の上を滑る指先に、どんどん体が熱くなっていく。

 ひたすらその感覚に耐えていると、今度は彼の手が完全に服を脱がせに掛かってくる。

 

「体熱いでしょ。……これ全部脱ご?」

「ん……っ♡♡」

「腕上げて」

 

 短く的確な命令に、重怠い腕を持ち上げる。

 そのままTシャツを脱がされると、ブラジャーを外されるまではあっという間だった。

 

「ニ、ザームくん……あの、で、電気……電気って消してもらえたり、する……?」

「あぁ――一応消せるけど、このままじゃダメ? 電気消すと、お前のことよく見えないから」

 

 おねだりするように首を傾げられて、さすがに羞恥心が勝つ。

 できるだけでいいから照明を落としてほしいと告げると、彼はしぶしぶ立ち上がって壁のダイヤルを調整する――すると、部屋全体がほんのりと暗くなった。

 

「これでいい? あんまり暗いとよく見えないし……お前はオレの顔、見えない方がいいの?」

「えっ、いや……」

 

 これは、なんと答えたものだろうか。

 すっかりそういうことをする雰囲気になってはいるけれど、私の中で彼はやっぱり大学の友達だ。

 

「顔が見えなかったら、失恋した相手に抱かれてるって思える?」

「そ、それは違う!」

 

 少しだけ低くなったニザームくんの声に、それだけは強く否定する。

 私は別に、先輩の代わりに彼とこういうことをしているわけじゃない。私の中では、すでにあの恋は終わったものだった。

 

「……ちゃんと、ニザームくんだと思ってるよ。でも……大学の友達とこういう、こと……」

「だから、友達だって思わなくていいよ。――今だけ、お前の恋人だとでも思ってて」

 

 薄暗がりの中で、ニザームくんがもう一度私にキスをしてきた。

 気持ちを宥めるような触れるだけのキスを繰り返されて、体からどんどん力が抜けていく。

 

「ん、ぅうっ……♡♡んちゅ♡ン、っ♡」

 

 肉付きの薄い手のひらが、ゆっくりと乳房を持ち上げてくる。

 張り裂けそうなくらいに心臓が脈打っていて、体がどんどん熱くなっていった。

 

「ぁ、んんっ……♡っは、ぁ、あ、っ……♡♡」

「そう、うまく息吐いて――腰から力抜けたら、かなり楽になる」

 

 むに♡♡むにゅ♡と柔らかく胸を揉み上げながら、ニザームくんが優しく耳元で囁いてきた。

 言われた通りに腰から力を抜いてみると、指先がおっぱいに沈み込む度に喜悦が背筋を駆け上ってくる。

 

「ひぁ、あ♡ぁ゛、ッ……♡♡」

「そう――声我慢するより、出した方が絶対いいよ。体の力は全部抜いて……壁防音だし、今外はショーやってるから……誰もオレたちの声なんて聞いてない」

 

 ちゅ、とこめかみにキスをされ、さらに強く指先が双丘へと沈む。

 整えられた爪の先端で皮膚が敏感な乳輪のあたりを引っかかれると、ひくんっ♡と大きく腰が揺れた。

 

「んぁ、っ……♡♡」

「声、高くてかわいー……いつもと違うから、なんかオレまでドキドキしてきた」

 

 どうしてくれんの、とやや愉しげな声がすぐそばから聞こえてきて、ごくりと唾を飲んだ。

 

「どう、って……」

「ほらこれ。わかる? 心臓うるさいし、声だけで勃起してきた」

「ひっ……♡」

 

 ぐりっ♡と軽く腰を押し付けられて、その感覚に体が大きく震えた。

 私の腰に押し当てられているものは明らかに熱がこもっていて、その固い感触に一つの可能性が頭をもたげてくる。

 

(これ、って……ニザームくんの……?)

 

 よく考えなくてもそうなのだが、ここで男女の差をまざまざと見せつけられた。

 

「こんな風になったことないんだけど……ちゃんと責任取ってよ」

「せ、責任……?」

「そう。ちゃんとお前のナカでイかせてね」

 

 低く囁いたニザームくんが、そのまま私の肩を掴んでベッドに押し倒してくる。

 薄暗い室内の中、私の体に覆いかぶさってくる彼の顔はちょうど逆光になっていて、どんな表情をしているのかはよくわからなかった。

 

「その代わり、痛くないようにしてあげる。お前が初めて抱かれる男がオレだって、絶対忘れられないようにしてあげるから」

 

 親指でふに、と私の唇を押さえたニザームくんが、吐息だけで笑ってみせる。

 表情はよく見えないのにその声がやけに艶めかしくて、また下腹部がむずむずし始めた。

 

「そのまま、暴れたりしないでよ。そうなったら力づくで押さえつけるしかなくなるから」

「え、ぁ――ッ♡」

 

 一瞬不穏な言葉が聞こえたかと思ったが、次の瞬間にはちゅっと胸の先端に吸い付かれてしまう。

 それまでとは全く違う快感が、一気に背筋を駆け上ってきた。

 

「ひっ、ぁ♡待っ――♡」

「待たない。……さっきも言ったけど、こっちはもうずっと待ってんの」

 

 ぢぅっ♡♡と乳首に吸い付かれ、背中がぐっと反った。

 前歯でコリコリッ♡と乳首を刺激し始めたニザームくんは、しっかりと腕で自分の体を支えたまま、いくら私が身じろぎしてもびくともしない。

 

「んぅっ……♡♡ぁ♡んぁ、やっ……♡おっぱいダメ、ぇっ……♡♡」

「嘘つき。……しっかり乳首勃起させて、気持ちよさそうな声出しながら何言ってんの? こういう時は、素直に気持ちいいって言うんだよ」

「ひ、っ……♡♡」

 

 ちゅっ♡ぢゅるっ♡♡♡ぴちゃ♡ぴちゃ♡♡ぢうぅぅぅっ♡♡♡

 巧みに舌を動かして乳首を刺激しながら、ゆっくりとおっぱい全体を揉まれてしまう。

 時折思い出したように先端を吸い上げられたり、しこり始めた乳首を前歯で刺激されたりを繰り返しているうちに、おぼろげだった快感がどんどん明瞭になっていった。

 

「あぁっ♡ん、ぅっ……♡♡はぁ、ンっ……♡♡」

「ん――乳首コリコリ弄られんの、好き?」

「すき、ぃ……♡♡ぁふ、っ♡お腹、ずっときもちぃのキてる、っ……♡♡」

 

 素直になれと命令された私は、自分の体に起きている変化の意味も分からずにそう返事をしてしまう。

 するとニザームくんは、ぢゅっ♡と尖った朱蕾に吸い付き、たっぷりと唾液をまとわせた舌先でその場所を舐め上げてきた。

 

「んぁあっ……♡♡ニザ、くっ……♡ぁ♡それ♡♡それだめ、っ……♡♡」

「なんで? 気持ちいいのにダメなの……よくわからないな。日本語苦手なオレにもわかるように、ちゃんと教えてよ」

 

 いたずらっぽい声が、鼓膜をも犯してくる。

 そうだ――こうやって彼がネイティブ並みに言葉を話せるようになる前は、そうやって私に質問をしてきてくれていた。

 

「き、もちよくて……♡頭、ふわふわするの……♡♡♡変な声、出ちゃうからっ……」

「その声をもっと聞きたい。お前が、オレの体で気持ちよくなってくれてるところ、もっと見たいから」

 

 気高い金色の瞳が、暗がりの中できらりと光った。

 ちゅぷっ……♡と音を立てて再び乳首に生温かいものを感じる。ザラついた舌の感触に、自然と腰が揺れて物欲しそうな吐息が溢れた。

 

「ぁふ、ぅっ……♡♡あ♡ぁっ……♡♡」

 

 軽くシーツを蹴ると、耳の横でニザームくんがクスクスと笑い始めた。

 

「気持ちよさそうだね。……乳首責められんの、結構好きなんだ?」

「わか、んな……ぁ♡ん、ぅっ……♡♡」

 

 唾液で濡れた胸の先端を、今度は指の腹でくにっ♡くにっ♡♡と捏ねまわされる。

 小さなしこりその動きでどんどん固くなっていって、それを爪でひっかかれると言葉にならない快感が頭の中を揺さぶってきた。

 

「ふぁ♡あ♡♡乳首カリカリ、っ……だめぇ♡♡んぁ♡♡あ、んっ♡♡」

「違う。オレが教えたのは、ダメじゃなくて――」

 

 こりゅっ♡♡と少しだけ力を込めて乳首を引っかかれ、頭の中でバチンッ♡♡♡と火花が弾けた――♡

 

「んきゅ、ぅうっ……♡♡あ♡ぁへ、っ……♡♡」

 

 がくがくがくっ♡♡と激しく腰が震えて、全身から一気に力が抜ける。

 一瞬自分の体に何が起きたのかが理解できなくて、私は呆然としたまま浅い呼吸を繰り返した。

 

「はっ♡♡んぁ♡は、ぁっ……?」

「軽イキ、した? 今すごく気持ちよさそうだったけど――深くはイけなかったね」

 

 よしよし、と優しく頭を撫でられて、余計に疑問符が浮かぶ。

 ……今私は、いったいどんな状態になっているんだろう。

 

「ニザームくん……? あ、あの……」

「気持ちいいのいっぱいで、ビクビクしちゃったね。……本当だったらもっとすごいよ。今のは、ちょっと失敗――っていうか、これくらいでガチイキされたらちょっと困るけど」

 

 暗がりに少しずつ目が慣れてきて、彼が今どんな表情を浮かべているのかが少しずつ分かるようになった。

 悠然と唇を吊り上げたニザームくんは、それまで柔らかくおっぱいに触れていた手を放して下半身に触れてくる。

 

「全部脱がせるよ」

 

 スキニーに手をかけた彼は、短く告げると下着ごと一気にそれを引き下ろしてきた。

 皮膚が引っ張られるかすかな痛みはあったが、それよりも全身が外気に晒された羞恥と寒さで体が震えた。

 

「んぁあっ……♡♡」

「やっぱり電気つけない? せっかくだから、ちゃんとお前のこと――まだ誰にも触れられてないお前の、綺麗な体が見たい」

 

 流暢なその言葉の意味をはっきりと理解してしまって、唇から情けない悲鳴が漏れる。

 

「ひ、は、恥ずかしいからっ……やだぁ……♡」

「……そう。じゃあ、無理強いはしない」

 

 存外にあっさりと、ニザームくんは引き下がってくれた。

 ただ、その声がどことなく寂しげだったので――なんだかこちらが悪いことをしてしまったような気持ちになる。

 

(で、でもさすがに……電気つけるのは無理かも……)

 

 自分の裸を晒すのも恥ずかしかったが、同じように彼の裸を見るのにも抵抗があった。そこを踏み越えてしまったら、きっともう友達というカテゴリには戻れないような気がする。

 

(こんなことしてる状況で、言える話じゃないけど……)

 

 それでも、ニザームくんは私のわがままを聞き届けてくれる。

 

「んく、っ……」

 

 長い指先が、皮膚の薄い内腿を優しくなぞる。

 肌の感触を確かめるような触れ方に、甘ったるくて鼻にかかった声がこぼれた。

 

「柔らか……」

「う、ごめん……」

「別に、怒ってるわけじゃない。オレが思ってたより、ずっと――」

 

 そうなにかを言いかけたニザームくんが、はたと動きを止める。

 

「……ど、したの?」

「なんでもない」

 

 コホン、と咳払いをしたニザームくんは、内腿に触れていた手をそっと付け根の方に移動させてくる。

 うっすらとそこが濡れてしまっていることには、おそらく彼も気付いているはずだ。

 

「こっち触りたいから、もう少し足開いて。……あと、熱いとか寒いとか苦しいとかあったら、今のうちに言ってほしい」

 

 すりすり……♡と足の付け根を撫でながら、ニザームくんはゆっくりとした口調でそう告げる。

 空調はしっかり効いていて、裸になっても寒くはなかった。

 

「今、は……大丈夫……」

「それならいいけど。……多分オレも、ここから先はあんまり――余裕ない、かも。お前に痛い思いとかはさせないけど」

 

 慎重に、おそらくとても気を使いながら、彼は言葉を選んでいた。

 そっと腰を抱かれ、これからされることにほのかな期待が芽吹くと同時に、ほんの少しの恐怖が頭をもたげてくる。

 

「あのね、聞いて」

「う、うん」

「もしオレが、お前にひどいことをしようとしたり、お前が本気でやめてって言っても止めなかったりしたら……ここ押して。非常用のブザー」

 

 彼が示したのは、ベッドサイドにあるボタンのようなものだった。

 コンセントに繋がれたそれは、万が一のためのセーフティ――押せばすぐに他の店員が、合鍵を持ってこの部屋にやってくるらしい。

 

「……ニザームくんは、そんなことしないよ。だって触り方……すごく優しいし」

「……とにかくこれは、ヤバいと思ったら絶対に押して。ちゃんと他のスタッフがきて、お前のことを助けてくれるから。……ね、お願い」

 

 普段は「お願い」なんて言わない彼の懇願に、胸の奥がギュッと締め付けられた。

 

「オレと、約束して。お前のこと絶対に……絶対に、傷つけたくないから」

「う、ん。わかった……」

 

 あまりに真剣な彼の言葉に、思わず頷いてしまう。

 するとニザームくんは、安堵した様子でふっと息を吐いた。

 軽く首を傾げた彼は、優しく私の頬に触れ、それからにわかに潤んだ秘裂へと指を這わせてくる。

 

「ん、んっ……♡」

「あんまり力入れないで。挿入れる時はそれでいいけど、爪でナカ傷つけたくないから」

 

 そんなことを言いながらも、彼は性急に蜜口を暴くことはせず、ゆるゆると優しく割れ目をなぞり続けた。

 そうすると、少しずつ溢れてきた淫蜜がくちくちと小さな音を立て始める。

 

「は、ぁっ……♡んぁ♡ぁ、っ……♡♡んむっ♡」

 

 小さく喘ぐ私の唇を、ニザームくんはぱくりと食んでくる。

 熱い舌を絡められながら淫口を優しく撫でられて、ひくっ♡ひくっ♡♡と腰のあたりがヒクつくのがわかった。

 

「んふ、ぅっ♡♡んぁ♡む、ぅうっ……♡♡」

 

 ちゅぷっ♡ちゅ♡♡くちゅ♡くちゅっ♡♡ぢゅるるっ♡♡ぢぅうっ♡♡♡

 少しずつ深くなっていくキスの感覚に溺れると、見計らったかのように指先がぬかるんだ膣内へと挿入された。

 

「ん、くっ……」

「痛い?」

「……ゃ、平気……ッ」

 

 実際、思っていたほど痛みはなかった。

 ただ、長い指先を受け入れるだけの異物感だけを感じている――不快ではなったが、不思議な感覚だった。

 

「ッぁ……♡あ♡んんっ……♡ゃ、ニ、ニザームく、ん……?」

「こっちも一緒に触った方が絶対にイイから――これ、わかる?」

「ん゛ぃ、ッ♡」

 

 ぷちゅっ♡♡と指先で何かを押しつぶされて、びくんっ♡と体が跳ねる。

 下腹部がじぃんと甘く痺れるような気配に、私ははくはくと口を開閉させて視線を下腹部に下ろした。

 

「は、んぁっ……♡♡あ、なにっ……ぁ、あっ♡♡♡」

「ナカよりクリトリスの方が感じるんだよ。指で――こうやって扱いたり、押しつぶしたり……そうしたら、ほら」

 

 くにゅっ♡くにゅっ♡♡と指先でクリトリスを捏ねられて、どんどん体から力が抜けていく。

 お腹の奥の方がかーっと熱くなって、頭の奥が痺れてきた。

 

「や、それっ……♡」

「ナカ、きゅって締まった……これなら、先にこっちでイっといた方がいいか」

 

 もっと足開いて、と短く命令されるが、甘い痺れに恐れをなした体はなかなか彼の言うことを聞こうとしない。

 これ以上先に進んでしまったら、大変なことになってしまうような気がする。

 

「あ、あのっ……私これ、だめ……」

「ダメなんじゃなくて、イイんでしょ? ――オレがクリフェラしてあげるの、レアだよ」

「クリフェ、ぇっ……? 待っ――ン、ひっ……♡♡♡」

 

 若干力任せに足を開かれ、とろとろと蜜をこぼすおまんこがニザームくんの眼前に晒される。

 悲鳴を上げた私は思わず足を閉じようとしたが、彼の力は思いのほか強かった。

 

「逃げんな。大丈夫……これだけでイけるようにしてあげるから」

 

 軽く舌を出したニザームくんが、しっかりと私の足を押さえたままで濡れたおまんこに舌を這わせてくる。

 生温かくて柔らかいその感覚に腰を引こうとしても、体が思うように動いてくれない。

 

「や、ぁあっ……♡♡んや、ぁっ♡ニザ、ぁんっ……♡♡」

「ん――やっぱ指より舌のがイイね。こっちも……クリトリスおっきくなってる。ちゃんと感じてんだ」

 

 くちゅっ♡くちゅっ♡♡と濡れていやらしい音を立てながら、いつもみたいに笑うニザームくんの声が聞こえてくる。

 頭の中はもうぐちゃぐちゃで、まともな思考なんでできやしない。

 尖った淫芽に彼の舌先が触れると、余計になにも考えられなくなってしまった。

 

「んぁ♡♡ぁ゛♡んぅ、うっ……♡♡」

「気持ちいいの我慢すんな。ん、ちゅっ……♡誰がお前のこと感じさせてんのか、ちゃんと見て――」

 

 ぢゅるっ♡♡ちゅ♡♡ぷちゅっ♡ぢゅっ♡♡♡ぬ゛る……♡♡

 

「はぇ、えっ……♡♡ぉ゛♡それ、っ……♡♡んぅっ♡ぁ゛♡あ、っ……♡♡」

 

 執拗にクリトリスを舐られ、吸い上げられ、捏ねまわされる。

 顔を背けようとすると咎めるように淫芽をきつく吸われたので、私はニザームくんから視線を外すことができなくなった。

 

(ニザームくん、が……こんなこと、するはず――♡♡)

 

 あの、ニザームくんが。

 誰より綺麗で、しっかりと自立していて、私の自慢の親友だった――のに。

 

「ッふ♡ぁ……♡♡あ、きもち、ぃ……♡♡クリトリス吸うの、ぁ♡あ゛、ッ……♡♡」

「コレ好き? じゃあもっといっぱい触ってあげるから……オレの舌でイって」

「ッんぁああっ♡♡♡ゃ、らめっ……♡ニザ、ぁっ♡やだ♡♡あっ♡あ♡ニザームく、ぁ……♡♡♡」

 

 ぢうぅぅっ♡♡ときつくクリトリスを吸われて、下肢がガクガクガクッ♡♡と激しく震える。

 ちゅぱ♡ちゅぱ♡♡とわざとらしく音を立ててクリフェラされる音で耳を犯されて、呼吸がどんどん早く、浅くなっていった。

 

「んぁ♡あ♡♡ァっ……♡♡♡い、っくぅっ……♡♡」

 

 は、と息を吐いた瞬間に、お腹の奥が一気に熱くなって力が抜ける。

 その瞬間、先ほどよりも鮮烈な快感の波が私の体をさらっていった。

 

「ぉ゛、ッ~~~♡♡♡んぁ♡♡♡ぁ、ひっ♡♡ひっ♡♡」

 

 びくんっ♡♡と大きく体が爆ぜ、頭の中が真っ白に塗りつぶされる――♡

 体中からぶわっと汗が噴き出して、体が弛緩した。一拍置いて呼吸が戻ってきても、鮮烈な絶頂の快感は全身にまとわりついている。

 

「ふ、ぁ……♡♡んぁ♡ひ、っ……♡♡」

「さっきよりいっぱいイけたね。……流石に二回イったら、まんこどろっどろになってる――♡」

 

 ぐったりとする私を見下ろして、ニザームくんはベッドの上に膝立ちになった。

 美しい褐色の肌にはかすかに汗がにじんでいて、暗い部屋でも銀髪はよく映える。そのコントラストが、やけに艶めかしかった。

 

「今度はオレの番ね。……そのまま見てて」

 

 カチャ、と小さな音が聞こえた方向に視線を向ける。

 体には力が入らなくてうまく動けなかったけれど、ようやく動かした視線の先には、見せつけるようにベルトを外すニザームくんがいた。

 

「ぁ……♡」

「目ぇ逸らすのやめて。見ててよ……お前がオレのこと、こんな風にしたんだからさ」

 

 しゅる、と音を立ててベルトが抜き取られると、否応なしに気付いてしまう――レザーパンツを押し上げているものの形が、くっきりと浮かび上がっていた。

 

「お前がオレのこと、どんな風に考えてるのかは知らないんだけどさ」

 

 ゆっくりとレザーパンツを脱いだニザームくんの顔を、見ることができない。

 熱がこもったその声は今まで一度も聞いたことがないほど狂おしくて、まるで縋りつくような響きを孕んでいた。

 

「――……オレはずっと、こうなったらいいなって思ってたよ」

「っん……♡」

 

 ず、っ……♡と突き出されたものの存在感と、その熱さに息をのんでしまう。

 目の前に突き出された剛直は、思っていたよりもずっと大きかった。

 

「は、っ……♡ぁ、っ♡♡」

 

 浅黒く雄々しい肉楔をみて、咥内にどんどん唾液がたまっていく。

 ゴクッ……♡と音を立ててそれを飲み下すと、頭の中にあられもない想像が広がっていく。

 

(あんな、の……あんなおっきいの、挿入れられちゃうんだ……♡アレ、で――ニザームくんに、犯されちゃう……♡♡♡)

 

 怖いと思うと同時に、彼の腕の中で喘ぎ悶える自分の姿が簡単に想像できた。

 本能が大きく揺さぶられ、期待で目が潤む。……私の体は、とっくにニザームくんに屈していたのだ。

 

「物欲しそうな顔しなくても、ちゃんとあげるよ」

「も、物欲しそうな顔なんて……」

 

 指摘されて思わず顔を手で覆ったが、ニザームくんはそんな私を笑ったりはしなかった。

 

「ねぇ」

「……はい」

「キスして。あー、唇の方ね。今フェラされたらキスできないし――で、そのままオレのちんぽ扱いて」

 

 いつも通りぶっきらぼうな口調で命令されたが、声は興奮でかすかに上ずっていた。

 上手くできるかどうかなんてわからなかったけれど、今の私には彼の言葉を拒絶するだけの理性は働いていない――覆いかぶさってきたニザームくんに自分からキスをすると、彼の指先は蜜口を軽く開いてきた。

 

「んむっ♡♡ん……♡♡は、っ♡あ、んんっ……♡♡」

 

 ちゅっ♡ちゅっ♡♡と音を立てて唇を押し付けあいながら、おずおずと彼の中心に触れる。

 ――男の人のおちんぽなんて触ったことがないし、そもそもどうしたらいいのかが全く分からない。

 勃起したそれに手を這わせたまま動けないでいると、一度唇を放したニザームくんが耳元で囁いてきた。

 

「……手、ゆっくり上下に動かして。力入れないで、撫でるみたいに」

「ん……こ、こう……?」

「っ、あ――上手……そのまま、ゆっくりでいいから触ってて」

 

 くちくちっ♡♡ずちゅ♡ぬ゛ぢゅぅっ……♡♡♡ぢゅぷっ♡ぢゅこっ♡♡

 言われた通りに手のひらや指を使っておちんぽを撫で擦っていくと、再び唇がふさがれて指先がうごめきだす。

 

「んんっ♡ふ、ぁっ……♡♡んむ゛♡ちゅっ……♡♡」

 

 少しずつ、本当にゆっくりと時間をかけながら、ニザームくんは処女穴を指先でほぐしてくれた。

 私が怖がらないようにと注意を払ってくれているのがよくわかる、とても優しい触れ方だ。

 

「んぁ……♡あ♡ぁふ、っ……♡♡」

「ここ、イイ? 触ったらビクッてなった――」

「ん、いい……♡♡あ♡んぁっ……♡♡」

 

 ちゅぷっ♡くちゅっ♡♡とにわかに水音が大きくなりはじめ、二度イかされた体は簡単に快感を拾ってしまう。

 腰をくねらせて愉悦を貪ると自然と彼に触れる手指もゆらめいた。すると、ニザームくんがきゅっと眉を寄せる。

 

「ご、ごめんっ! 痛かった……?」

「いや――今の、すごい悦かったから……お前の手、体温高くて気持ちいいね」

 

 一瞬肝が冷えたが、ニザームくんはかすかに潤んだ金眼でじっとこちらを見つめてくる。

 吸い込まれそうになるその目から視線が逸らせないでいると、やがておまんこからゆっくりと指先が引き抜かれていった。

 

「く、ぅンっ……♡♡」

「もう限界……できるだけ慣らしてあげたいけど、お前のナカ狭くて気持ちいいんだもん」

 

 肩まで伸ばした銀髪をかき上げたニザームくんが、体を起こしてサイドテーブルに手を伸ばした。

 

「ちょっと待ってて。コレつけないとマスターに殺されるから」

「こ、殺され……」

「そこだけはキッチリしておかないと……無責任なことは、絶対にしたくないし」

 

 一瞬目を伏せて表情を曇らせたニザームくんだったが、パッと顔をあげるといつもの彼がいた。

 

「だから待ってて」

「……はい」

 

 それは一応、仕事としてこういうことをしている彼の義務なんだろう。

 サイドテーブルの引き出しから包みを取り出したニザームくんは、手際よくその包みを開けてゴムをつけた。

 

「一応二回イってるし、大丈夫だと思うんだけど……なんか不安になってきた。痛かったらごめん。先に謝っとく」

「そ、そんな! 謝らなくていいよ。ただ、その……ぜ、絶対痛いよね……そんなおっきいの……」

 

 こうなったらやっぱりナシとは言えないし、ある程度は覚悟を決めなければならない。

 とはいえ自分の中にアレが挿入されるかと思うと結構な恐怖なのだが、ニザームくんは視線を右上にずらして考える仕草を見せてから口を開いた。

 

「オレとお前の相性が最高にいいこと祈っててよ」

 

 おでこを指で押してきたニザームくんが、にやっと笑って蜜口におちんぽを擦りつけてきた。

 ゴム越しでも感じるくらいの熱に、思わず体が震える。

 

「んんっ……♡」

「は、うわ――もうぐちょぐちょ。わかる? こうやって……ッん、は……擦りつけたら……まんこヒクヒクってして、オレのこと誘ってるみたいなの……」

「や、ぁ♡♡んぁ♡あ♡」

 

 ぐちゅっ♡ぐちゅっ♡♡ぬち♡ぢゅこぢゅこぢゅこっ♡♡♡

 濡れてヒクついた膣口を幹の部分で刺激されて、先ほど爆ぜたはずの熱が蘇ってくる。

 これからお前を犯すのだと言わんばかりにおちんぽをぐちぐちと擦りつけられて、私の中でどんどん期待感が膨らんでいく。

 

(ともだち、と――ニザームくんと、えっちしちゃうっ……♡これ、で♡♡このおちんぽ、でぇっ……♡)

 

 長大な肉杭がむっちりとした陰唇に押し当てられ、ニザームくんの唇からは震える息が漏れた。

 

「挿入れるから、ちょっと我慢してて。……あと、気持ちいいの我慢しないでね」

「ぁ――んぁ゛、ッ……♡」

 

 みぢっ……♡と狭い隘路を押し広げ、円い先端がゆっくりと突き立てられる。

 

「ぉ゛、ッ……♡♡ぁ、あっ♡♡おっきぃ、の――はいってぇっ……♡♡」

 

 ゆっくりと動きで、ニザームくんが私に負担をかけないようにと頑張ってくれているのは痛いほどわかる。

 けれどそれ以上に襲い掛かってくる圧迫感と、鈍い痛み――堪えられないわけではないが、身を焦がすような熱と共にせりあがってくる異物感に、思わず下腹部に力が入った。

 

「あ、ぁっ……♡♡は――ニザーム、くんっ……や、助け、てぇっ♡」

「ん――大丈夫……ぎゅって抱きしめて、いいから――ン、っ」

 

 痛みと緊張でどうにもならなくなった私は、言われた通り彼の広い背中に手を回した。

 そうすると汗ばんだ体同士が密着して、心音が重なる。

 

「うわ、きっつ……んっ、痛くない……?」

「い、たぁっ……♡あ♡や、ぁっ……♡♡」

 

 素直に痛いと伝えると、ニザームくんは先ほどと同じように勃ち上がった乳首に舌を這わせてきた。

 唾液をまぶした舌先が敏感になった乳首をなぞると、生まれてくるかすかな刺激が痛みをほんの少しだけ和らげてくれる。

 

「ひ、んんっ……♡♡あ♡おっぱい、きもちぃ……♡んぅっ♡ぁ゛♡あ♡あんっ♡♡♡」

 

 緩やかな抽送を刻みながら、丹念に胸の先端を刺激される――それを繰り返されると、完全ではないにしろどんどん快感が痛いのを上回ってくるようになった。

 

「ッふぁ♡あ、んんっ……♡♡ニザームくん、ぁ、やっ……♡」

「気持ちいいの我慢すんなって言ったでしょ。それに――乳首触ってあげたら、ナカぎゅ~って締まるの気付いてる? コレ好きなんだ?」

「ンぁあっ♡♡や♡それだめぇっ……♡♡♡」

 

 舌で何度も刺激され、どんどん敏感になった乳首を軽く噛まれる――突然の鋭い快感に腰が揺れると、その隙を見計らって肉棒がずんっ♡と奥まで突き立てられた。

 

「は、っ……♡♡」

「ンぉ゛ッ♡♡や、深ぁ、あ゛ッ……♡」

 

 最奥に切っ先をぐりゅっ♡♡と押し付けられて、目の前で星が弾けた。

 一度奥まで押し込んだのを皮切りに、ニザームくんはピストンをより強めてくる。

 

「ぁ♡あっ♡♡や、ぁんっ♡♡奥やら、ぁっ……♡」

「その割に、声――どんどん気持ちよさそうに、なってるけど? イイって言いなよ……ほら、ッ♡」

 

 ぐぷんっ♡と深くまでおちんぽを突きこまれ、甘ったるい悲鳴が漏れる。

 お腹の奥がずっしりと重くて痛いはずなのに、その向こう側に言いようのない愉悦が見え隠れしていた。

 

「ぅふ、ぁ♡♡ニザームくんっ♡これ、やっ……♡♡お腹、またむずむずするの♡♡おまんこズンズンってされて♡痛いのわかんなくなっちゃう♡♡ぁ♡んぁっ♡♡」

 

 ぎゅっとシーツを掴んでも快感を逃すことはできず、突き立てられた肉楔を受け入れるように膣肉がぎゅうぎゅうと締まる。

 それがさらに快感を生み出していき、もう訳がわからなくなっていた。

 

「痛くないの? じゃあそれでいい。誰だって、痛いのも苦しいのも嫌でしょ?」

「そ、だけど……」

 

 確かに、ニザームくんがあれこれ気遣ってくれたから痛みが少ないのかもしれない。丁寧に体を高められたことを思い出すと、またお腹の奥がぎゅうぅっ……♡と締まった。

 

「ん、ちょっと、締めすぎ――腰止まんなくなる、っ……」

「ッひ、ぁあ♡♡」

 

 ぬ゛ぷっ♡♡ぐちゅっ♡と濡れた音を立てて激しく抽送を繰り返され、肌と肌がぶつかり合う。

 こんな状況でも彼は私のことを心配してくれているのか、強く手を握られた。

 

「ん、はっ……♡無理――甘えるみたいに、っ……まんこ締めんなっ……♡」

「んゃ゛、ぁっ♡♡らって、ぁ♡あ、ッ♡♡」

 

 締めるななんて言われても、そんなの無理だ――そう言おうとした唇からは、意味のない嬌声ばかりが漏れ出る。

 

「ッひ、ぁん♡♡やぁ、あ♡♡♡奥のとこ♡気持ちいいとこずぽずぽしちゃらめぇ♡♡ッひぅ♡ぉ゛♡お゛、ッ♡♡これらめ♡あ゛、ッ~~~♡♡♡」

 

 ばぢゅっ♡♡ぐぷっ♡ずこっ♡ずこっ♡ずこっ♡♡♡ぐぷんっ♡♡♡

 力強く最奥をノックされて、視界が揺れる。

 それまで何度も優しく声をかけてくれたニザームくんは、徐々に喋らなくなっていった。無理もない――この状況で、母国語ではない言葉でしゃべるのはきっと不可能に近いだろう。

 

(きもち、ぃ♡♡えっちって♡セックスって――こんなに、っ……♡♡)

 

 私だって、どんどん何を考えているのかがわからなくなってくる。

 大きな掌で柔らかくおっぱいを揉まれて、気持ちいい場所をいっぱい突き上げられて――お互いの呼吸が絡み合い、肌が触れ合う瞬間がとてつもなく気持ちいい。

 

「や、ぁ――ニザーム、くんっ♡♡」

 

 ばちゅっ♡♡と奥を突き上げられて、言葉が零れ落ちる。

 

「すき、ぃ……♡」

「……え?」

 

 甘く、蕩けるような刺激の後――ニザームくんがぴたりと動きを止めた。

 そしてその瞬間、自分の口から出た言葉を思い返して血の気が引く。……まずい。

 だって、彼はこれが仕事なのに。突発的に出てしまった言葉とはいえ、こんなことを言われたら迷惑なはずだ。

 

「ぁ――ち、ちがっ……ニザームくん?」

 

 花開いた体中の熱がものすごい速さで引いていって、代わりに冷や汗が噴き出す。

 けれど、私よりも様子がおかしいのはニザームくんの方だった。

 彼は一瞬で顔を青白くさせ、日本語でも英語でもない言語で何かを呟いている。

 

「えっと……ニザームくん!? 顔色、が――」

 

 カタカタと小刻みに震え、おびえた様子のニザームくんの肩にそっと触れると、びくんっと大げさに体が跳ねた。

 

「ぁ――ごめ、オレ……」

 

 なにかを言いたげに口を開いたニザームくんが、ぐっと腰を引く。

 そうすると膣内を埋め尽くしていたものがずるっと引き抜かれるが、今はそれどころではない。

 

「ど、どこか具合悪いの? だ、誰か――」

 

 明らかに尋常ではない様子のニザームくんをどうすればいいのかわからず体を起こしたが、それと反対に彼はうずくまるようにしてベッドに倒れこんでいった。

 

「あ、ぁ――ブザー……!」

 

 片手で顔を覆い、ゲホゲホと咳き込み始めたのを見て、私はベッドサイドのボタンを思い切り押した。

 ニザームくんがセーフティだと教えてくれたそれを押し込むと、すぐにガチャガチャと音がして部屋のドアが開く。

 

「どうした、ニザちゃん……ッとぉ!?」

「あ、あのっ! ニザームくんが、急に、ぐ、具合悪いみたいで……」

 

 部屋のドアを開けて入ってきたのは、さっきのバーテンダーさんと背の高い男の人の二人だった。

 ドアを開けてきたもう一人の男性は、倒れ伏したニザームくんと私を交互に見てからぎゅっと眉を寄せる。

 

「具合悪い? ……と、とりあえずお客様は体隠してもらって――ニザちゃん? 俺の声聞こえてる?」

 

 ほとんど体になにもまとっていなかった私は、その指摘でようやく我に返った。

 慌ててシーツを体に引き寄せると、もう一人の男性――さっきカウンターにいたバーテンダーさんだ――が素早く指示を出す。

 

「零晃、とりあえずニザームのことバックヤード連れていって。多分発作起きてるだけだから、休ませれば大丈夫。ダメそうなら救急車」

「は、はいっ!」

「それと――」

 

 バーテンダーさんはこちらを見て、それからそっと目を伏せた。

 

「お客様、申し訳ございませんが状況お尋ねしたいので……シャワーが終わりましたら、一度カウンターまでお越しいただけませんか」

 

 先ほどとは打って変わった丁寧な口調で、そう私に声をかけてきた。

 穏やかでゆったりとしたその言葉に頷くと、ニザームくんがもう一人の男性に運ばれていく。

 

「それでは、支度が終わりましたらお声がけください。……当店のスタッフがご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」

「い、いえ……その……ニザームくん、大丈夫ですよね……?」

 

 ぐったりとしたまま運ばれていったニザームくんの様子は、明らかに普通ではなかった。

 もしかして私がなにかしてしまったのか――不安でいっぱいになりながら訪ねると、バーテンダーさんはそっと私の方に近づいてきた。

 

「大丈夫。驚かせてごめんね……アイツ、たまにあんな感じで体調崩すことがあって……」

「そう、なんですか?」

「うん。でもこういう風に、お客さんと一緒にいる時はあんまり……」

 

 表情を曇らせたバーテンダーさんに頭を下げると、彼はそのまま部屋から出ていった。

 怒涛の展開にすっかり熱が冷めきった体をシャワールームに押し込んだ私は、シャワーを浴びてからなんとも言えない気持ちでプレイルームの外に出る。

 

「……あ」

 

 すると、さっきのバーテンダーさんがカウンターの向こうからこちらに向かって手を振ってくる。

 ぺこりと頭を下げてそちらに向かうと、彼はカクテル――ではなく、冷たいお水を差しだしてくれた。

 

「とりあえず、ニザームはいったん落ち着いたから家に帰らせた。事務のスタッフも一緒だから、多分だ丈夫だと思うけど」

「そ、そうですか……」

 

 病院に担ぎ込まれるようなことにならなくて、本当に良かった。

 その安堵が表情に出ていたのか、バーテンダーさんはやや強張っていた表情を緩ませる。

 

「ニザームの友達なんだよね? 話に聞いてた同級生……いきなりあんなことになって、本当に驚いたでしょ」

「……はい。持病があるとか、聞いたことがなかったので……」

「持病っていうか、あれは――まぁ、ちょっと昔色々あったみたいで。君の前では一度もあの発作起こしたことなかったんだ?」

 

 椅子に座り、もらったお水を飲みながらこくんと頷いた。

 私が知っているニザームくんは健康体そのものだ。冬に一度風邪を引いたところを見たことがあったけど、病気らしい病気といえばそれくらいだろう。

 

「そっか……うん、じゃあ今回はアイツが悪いね。お代はアイツのバイト代から引いておくから、今日はタダでいいよ」

「え、えぇ? 流石にそれは――」

「それに、君はニザームのこと助けてくれたし……セーフティブザー鳴ったから、正直すごい驚いたんだけど」

 

 鳴らしてくれてよかったと微笑んだバーテンダーさんは、にぎやかな店内を一度眺めてから私に微笑みかけた。

 

「俺はさ、セックスってコミュニケーションツールの一つだと思ってるんだけど」

「は、はぁ……?」

「こういうことあるとトラウマになっちゃうじゃない? ……店のマスターがお客さんの君に、こういうことを言うのはどうかとも思うんだけど」

 

 切れ長の目が、まっすぐに私のことを見つめてくる。

 ――彼が、ニザームくんがよく言ってる、この店のマスターだったんだ。

 

「ニザームのこと、嫌いにならないであげてほしいんだ」

「嫌いになんてなりません! ぁ、えっと……その、友達ですし……彼にはいっぱい、助けてもらってて」

 

 今日だって、ニザームくんは私のことを励まそうとしてこのお店に呼んでくれた。それに、発作を起こして倒れてしまう前までは、とても優しく私のことを気にかけてくれたのだ。

 そんな彼を、嫌いになったりしない。

 

「ん、そうか……ありがとう。そうだ、もしよかったらまた来てよ。ニザーム以外にもいい男そろってるし、お客さん同士でも楽しめると思うから」

「えーと……ま、また機会があったら……」

 

 にこやかにとんでもないことを口にするバーテンダーさん――マスターの話を一通り聞いて、私はTRIDENTを後にした。

 

(ニザームくん、落ち着いたって言ってたけど……)

 

 流石にあの様子で、すぐに立ち直ったとは思えない。

 一応一人ではないものの明らかに具合が悪そうだったし、家に帰ったら一度メッセージを送ってみようか。

 そう決意して家路を急ぎ、体調は大丈夫かとメッセージを入れる――だが、一週間たっても彼からの返信はなかった。

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